男子部初の五輪出場

  • 青山学院大学体育会バレーボール部OB・OG緑楯会青山学院大学体育会バレーボール部OB・OG緑楯会
  • 青山学院大学体育会バレーボール部OB・OG緑楯会青山学院大学体育会バレーボール部OB・OG緑楯会
  • 青山学院大学体育会バレーボール部OB・OG緑楯会青山学院大学体育会バレーボール部OB・OG緑楯会

男子部初の五輪出場

2021.07.01 更新

男子部では初、OB青木晋平さん五輪出場

ビーチバレー 日本代表男子チームのコーチで

本学のバレーボール男子部で初の五輪出場―。OBの青木晋平さん(2003年卒、トヨタ自動車)がビーチバレーボール男子チームのコーチとして2020東京オリンピック(2021年7月23日~8月8日)に出場することになりました。7月5日、公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)が「第32回オリンピック競技大会(2020/東京)日本選手団名簿にビーチバレーボールのコーチとして正式に発表しました。さかのぼること1か月、6月5~6日、東京・立川市で行われたビーチバレーボールの東京五輪男子日本代表チーム決定戦最終日、青木さんがコーチを務めるトヨタ自動車の白鳥勝浩・石島雄介組が優勝したのを受けて、男子チームのコーチで日本選手団に加わることが内定していました。今年9月に創部75周年を迎える本学男子バレーボール部としては現役、OBを問わずオリンピックに参加するのは初めて。青木さんは2013年のビーチバレーボール・ワールドカップ(リオデジャネイロ)に選手として出場。その後、日本ビーチバレーボール連盟の強化コーチを務めていました。

男子部初の五輪出場

女子では中野照子さん、選手で1996年アトランタ五輪

なお、本学バレーボール部の五輪代表としては女子部の中野照子さん(1998年卒)=当時フリー=が初めて。ビーチバレーボールで1996年アトランタ五輪に石坂有紀子さん(フリー)と組んで出場して17位でした。

 

日本、男女とも予選ラウンド敗退 2020東京五輪

OBの青木晋平さんがコーチを務める白鳥・石島ペアは予選ラウンド、3連敗で敗退しました。2020東京オリンピックのビーチバレーボール競技は2021年7月24日から31日まで東京・品川の潮風公園で男女各24チームが参加して4チーム6プールで予選ラウンド(3セットマッチ、21点先取制)が行われ、日本代表の白鳥勝次・石島雄介ペア(ともにトヨタ自動車)はポーランド、イタリア、ドイツの各チームにいずれも0-2で敗れ、決勝トーナメント(16ペアで8月1日~7日)へ進めませんでした。日本は女子チームも予選敗退。

<ビーチバレーあれこれ>ビーチバレーボールは1895年にウイリアム・G.・モーガンが始めたバレーボールの派生競技。ビーチバレーボールの発祥について国際オリンピック委員会は、1920年代のはじめ、米国カリフォルニア・サンタモニカのビーチレジャーとして始まったという説を採用している。これに対し、それより前の1915年にハワイ・ホノルルのビーチで誕生したという説もある。草創期には6人制で行なわれていたが、1930年にはダブルスで競技した記録が残っている。1950年代のアメリカでは美人コンテストやテレビ番組とタイアップしたショーの一部としてビーチバレーボールがマスメディアの注目を集めた。

1960年、カリフォルニア州で第1回マンハッタン・ビーチ・オープンが開催された。この時期にフランスでもプロ・トーナメントが開催されている。1987年、国際バレーボール連盟(FIVB)公認の初の国際トーナメント大会がブラジル・リオデジャネイロのイパネマ海岸で開催され、これが第1回の世界選手権大会とされている。さらにFIVBは1990年、世界各地を転戦する国際サーキットを開始した。1992年バルセロナ五輪で公開競技1996年アトランタ五輪では夏季オリンピックの正式種目となった。アメリカ、ブラジル、オーストラリアの3か国が強豪国として知られる。

日本では川合俊一らが先駆となり、1987年に湘南の鵠沼海岸で第1回ビーチバレーボール・ジャパンが開催されたのをきっかけに、ビーチバレーボールが広く認知されるようになった。1989年には、日本バレーボール協会(JVA)が日本ビーチバレーボール連盟(JBV)を発足させている。当初は室内の選手がシーズンオフとなる夏場に調整を兼ねて競技に参加していた(川合も当時は富士フイルムの選手だった)が、次第にビーチ専門の選手も増加の一途を辿っている。オリンピックの正式種目になった1996年アトランタ五輪では高橋由紀子・藤田幸子組が5位、2000年シドニー五輪では高橋有紀子・佐伯美香組が4位に入賞している。2002年、西村晃一と浦田聖子が日本初のビーチバレーボールのプロチーム、ウィンズを設立した。2004年にビーチバレーボールに転向した浅尾美和は、モデルなどの活動を通してこれまでビーチバレーに関心の低かった層からも大きな注目を集めている。近年は、室内とビーチの相互交流によって一体的に強化を図るのが世界の流れとなっており、ビーチから室内に替わってオリンピックのメダルを獲得した事例も出てきている。日本でも近年、先述の川合がそうした海外の状況を踏まえて室内選手の獲得に動いているものの、固定観念に縛られ、戦力低下を恐れる室内側が強硬に反対しており、世界的に見ても格段に後れを取っている。2012年ロンドン五輪で女子が初めて出場権を失い、2016年リオデジャネイロ五輪では男女とも出場できなかった。

1チーム2名の選手で対戦、室内のバレーボールのようなポジションは定められていない。ボールへの接触は3回まで(ブロックも含める)、この回数以内で相手コートにボールを返し、相手がボールを戻せなければ得点となるラリーポイント制をとる。1セットごとに2点をリードして21点先取(3セット目は15点先取)する3セットマッチで、2セット先取した方のチームがその試合の勝者となる。第1・第2セットは、両チームの合計点が7の倍数になるごとに、第3セットは5の倍数ごとにコートチェンジを行なう。また、各セット間は1分、各セット中に、各チームは30秒間のタイムアウトを1回とれる。両チームの合計点が21点に達した時は、自動的に30秒間のテクニカル・タイムアウトとなる。

男子部初の五輪出場 ボールの大きさは室内で行なうバレーボールのボールとほぼ同じだが、やわらかく、黄色やオレンジ、ピンクなど鮮やかな配色のものが用いられる。規格では内気圧は、0.30~0.325 kg/cm²と、6人制のボールより30%程低い。そのため、スピードがつき難い。

コンテンツ

ページトップ